名古屋高等裁判所 昭和26年(う)53号 判決 1951年3月03日
控訴人 被告人 香田一真 外五名
弁護人 立田光保 外一名
検察官 小宮益太郎関与
主文
原判決を破棄する。
被告人等を、何れも懲役二月に処する。
但し、被告人浅野哲市、同臼井実、同都竹十三、同上田直辰、同小塚忠に対しては、本裁判確定の日から三年間右各刑の執行を猶予する。
訴訟費用中、原審において支給した分は、全部被告人等の連帯負担とし、当審において支給した分は、被告人小塚忠の負担とする。
理由
被告人小塚忠を除くその他の被告人等の弁護人上田光保の控訴趣意及び被告人小塚忠の国選弁護人稲垣昇の控訴趣意は別紙の通りである。
弁護人土田光保の控訴趣意第一点について。
判決には、罪となるべき事実を示さねばならないことは、刑事訴訟法第三三五条第一項の規定するところである。而して「罪となるべき事実」とは、犯罪の構成要件に該当する具体的事実を指すものであることも所論の通りである。本件について、これを見るに、原判決は、犯罪事実欄においては、単に「故なく侵入したものである」と記載しただけで、何が故に「故なく」と認定したかその具体的事実を明確にしていないので、右記載だけでは、犯罪事実を明確に示していないことになる。然し原判決では、その末尾に「裁判所の見解」を明らかにし、その中に、被告人等が、多衆をたのみ、武藤岐阜縣知事等が政令連反(飲食営業緊急措置令)の行為を為していることを確実に認識せず、又現行犯逮捕の確実な意思もなく、かかる犯罪摘発の名の下に、原判決旅館兼料理業万松館奥座敷に侵入したことを認定し、右行為は、違法性があるものと解している点があるので、この点と原判示冐頭の犯罪事実とを結びつけて見るときは、住居侵入罪の事実を具体的に示したものと認めることができる。従つて原判決の記載が刑事訴訟法第三三五条第一項に違反するとする論点は、採用することができない。
同第二乃至第四点について。
原判決挙示の証拠によれば、被告人等が武藤知事等の政令違反の現行犯を逮捕するための目的で原判示万松館に侵入したこと並に被告人等が現行犯逮捕のためならば、何人も他人の住居その他建造物に侵入するも、違法でないと信じていたことを認むることはできない。被告人等は、武藤知事等が大学設置問題に関し文部省関係係官を招致し饗応していることを聞き、これは政令違反(飲食営業緊急措置令違反)であるとしこれが摘発であると主張して、右万松館に乗り込み武藤知事等にいやがらせを為して、政治的効果をねらつたもので、真に現行犯逮捕以外に他に何等の意思もなかつたとは認められない。これと同趣旨の認定をした原判決には、判決に影響すること明らかな事実誤認はない。然し原判決は通常人が現行犯逮捕する場合でも、他人の住居に侵入し得るように解しているが、これは誤りであり、控訴趣意も同様の誤りをおかしているから、この点について説明する。現行犯人は、何人でも、逮捕状なくして、これを逮捕することができるものであることは、刑事訴訟法第二一三条に規定するところであるが、司法警察職員、検察官及び検察事務官でない通常人は、現行犯人を認めても逮捕することを義務づけられてはいないから、一旦逮捕にとりかかつても中途からこれをやめることもできるわけである。然し右の通常人は現行犯逮捕のため、他人の住居に侵入することは認められていない。このことは、刑事訴訟法第二二〇条によつても、明らかである。即ち、検察官、検察事務官又は司法警察職員は、現行犯人を逮捕する場合には人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内に入り被疑者の捜索をすることができる旨を規定しているところから見れば、通常人に対しては右の行為をすることは禁止せられているものと解すべきものである。われわれの住居は侵すことができないもので、これを侵しても違法でないとするためには、憲法並に刑事訴訟法に規定してある場合でなければならない。通常人が現行犯人を逮捕し得ることは、憲法並に刑事訴訟法でもこれを認めているが、この逮捕のため、他人の住居に侵入し得る旨を規定した法律は存しない。従つて通常人は、屋外若しくは自宅で現行犯を逮捕するか又は住居権者等の承諾ある場合に限り、住居内で現行犯人を逮捕し得るのである。若し論旨の如く、通常人でも現行犯人逮捕のためならば、自由に他人の住居に侵入し得るとするならば、われわれの住居は一日も平穏であることはできない。従つて真に現行犯人逮捕の目的であつても、承諾なくして、他人の住居に侵入するときは、住居侵入罪が成立するものと解すべきものである。而して住居とは、一戸の建物のみを指すのではなく、旅館料理屋の一室と雖これを借り受けて使用したり、又は宿泊したり飲食している間は、そのお客の居住する住居と認むべきもので、本件においては、原判示万松館の奥座敷に岐阜県知事武藤嘉門その他が居て宴席を設けていたのであるから、刑法上、同人等の住居と云うことができる。被告人等が現行犯人逮捕と主張して、右奥座敷に武藤知事の招きによらず、無断で入り込んだのであるから、住居侵入罪が成立する。従つてこの点について論旨は理由がないが、原判決も前記のように現行犯人逮捕のためならば、住居に侵入し得る旨解し、その旨判示したのは、違法で此の点において、原判決は破棄を免れない。
同第五点並に弁護人稲垣昇の控訴趣意について。
被告人香田一真は、昭和二十二年五月六日大津地方裁判所で、窃盗罪により、懲役一年六月、三年間執行猶予の判決を受けているので、更に執行猶予することはできない。右の点と同被告人が本件犯行を為すに至つた動機、目的、社会的影響等諸般の情状を綜合するときは、原判決の量刑は相当であつて、同被告人に対する量刑不当の論点は採用できない。他の被告人等については、前科もなく、年令も若く、青年の血気と正義観に燃え、行過ぎの行為をしたものと認めることができ、而かも右被告人等に懲役二月と云う極めて短期の実刑を科するのは、被告人等にとつて不利益であるのみならず、刑政上悪影響の方が多いと思料せられるから、此の点を考慮するときは、被告人等を執行猶予するのが相当である。論旨は理由があり、原判決は、破棄を免れない。
よつて刑事訴訟法第三九七条第三八一条第三八〇条により、原判決を破棄し、同法第四百条但書により、次の通り自判する。
(犯罪事実)
被告人等は、共謀の上、昭和二十四年一月三日午後七時過頃、岐阜市大宮町二丁目十八番地旅館兼料理業万松館奥座敷において、岐阜県知事武藤嘉門等十数名が文部省係官等と大学昇格問題について会合し、宴席を設けていたのを聞知し、これは政令違反の現行犯であるから、逮捕又は摘発すると主張して、右同所に乱入して、故なく住居に侵入したものである。
(証拠の標目)
一、証人三浦節子、同河野はな、同岩越鈴代、同村橋花子に対する原審証人尋問調書中の各供述記載。
一、証人国枝金市、同棚橋勇太郎、同桂川鋼一、同永井桂一に対する原審第三回公判調書中の各供述記載。
一、証人蜷川睦之助、同宮道悦男に対する原審第四回公判調書中の各供述記載。
一、証人田中喜耕、同武藤嘉門、同水野後八に対する原審第五回公判調書中の各供述記載。
一、被告人都竹十三、同香田一真、同浅野哲市の検察事務官に対する各供述調書の供述記載。
一、被告人臼井実、同香田一真の司法警察員に対する各供述調書中の供述記載。
(法律の適用)
被告人等の判示所為は、刑法第百三十条第六十条に該当するので、所定刑中、懲役刑を選沢し、各被告人を何れも懲役二月に処するが、被告人香田一省を除く、その余の被告人等は、犯罪の情状により、刑の執行を猶予するを相当と認め、同法第二十五条により、本裁判確定の日から、三年間、右各刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法第百八十一条を適用し、主文の通り負担させる。
よつて主文の通り判決する。
(裁判長判事 赤間鎭雄 判事 鈴木正路 判事 濱田従六)
弁護人土田光保控訴趣意書
第一点原判決は罪となるべき事実を明らかに記載せず刑事訴訟法第三百三十五条第一項に違背せる違法がある。けだし同条は犯罪構成要件該当の具体的事実を記載すべきことを要求し、以て犯罪人の人権を担保しているに拘らず、ただ単に刑法第百三十条所定の「故なく」侵入したものであると法定の構成要件を判示するのみで如何なる目的を以つて侵入したものであるかを明記せず窃盗の目的、姦淫の目的など主観的違法要素を記載せざる意味に於いて罪となるべき事実を記載せざる違法がある。
第二点原判決は被告人等五名が昭和二十四年一月三日岐阜市大宮町三丁目十八番地旅館兼料理業万松館奥座敷に故なく侵入したものであると判示し、証拠の標目に於いて証人三浦節子、同河野はな等の尋問調書、証人国枝金市、武藤嘉門等の当公廷に於ける証言、被告人五名の各供述を綜合して判示事実を認定しているが、右証拠に於いて明らかなごとく、被告人等は大学設置問題に関し文部省官吏を接待する饗宴の政令違反摘発検挙のため判示万松館奥座敷なる宴席に侵入したものであるから、故なき侵入にあらず現行犯逮捕と云う立派な目的のための侵入である。
然るに原判決はこれを故なく侵入したものであるとなしたる点に於いて事実の誤認又は少くとも理由にくいちがいがあり判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄されたい。
第三点原判決は、被告人および弁護人等が本件万松館奥座敷に侵入したのは政令違反の現行犯逮捕のためである旨主張したのに拘らず、裁判官の見解として「あの場合武藤知事以下一人でも逮捕しそうなものだが一向さような気配もなく云々、本当に武藤知事以下を逮捕する目的で入つたものとは思われない」と判示しているが刑事訴訟法二百十三条に於いて「現行犯人は何人でも逮捕状なくしてこれを逮捕することができる」とあるは、逮捕者の自由意志にゆだねられているという意味であつて、必ずしも逮捕を義務づけられているわけではない(法律学体系コンメンタール篇10刑事訴訟法二百八十五頁参照)従つて被告人等が現実に逮捕したか否かによつて逮捕する目的で入つたか否かを認定することは誤りであるといわねばならない。又刑事訴訟法第二百十四条によれば一般私人による現行犯人逮捕の場合は検察官又は、司法警察職員にひきわたさなければならないとあり本件被告人等は司法警察職員に政令違反の現行犯として引渡しており、同人等が単に知事の権威に畏怖していたづらに政令違反を黙過したに過ぎないのであつてかかる事実を看却し逮捕しなかつたと認めたことは事実の誤認であり相当官憲に申告又は告発の手続をとるだけでよいと判断したのは法令解釈の誤りであり、何れも判決に影響を及ぼすこと明らかなものがある。
第四点原判決は法令解釈の誤りがある。
(一) 原判決は現行犯逮捕の刑事訴訟法第二百十三条の法令解釈の誤りがある。即ち、同条は何人でも逮捕状なくして現行犯人を逮捕することができるのであるから、犯罪の検挙摘発は即ち逮捕を意味し逮捕以外の摘発又は検挙と云うが如き観念はあり得ない。然るに原判決によれば現行犯摘発に現行犯人逮捕の場合と逮捕以外の検挙摘発の場合と二つの場合があるとの前提に於いて論述せられているけれども、かかる解釈は独断であつて同条の解釈を誤つた違法がある。
(二) 刑事訴訟法第三百三十五条第二項によれば、法律上犯罪の成立をさまたげる理由となる事実が主張されたときは、これに対する判断を示さなければならない。然るに原判決は、被告人及び弁護人が武藤知事以下の政令違反の現行犯逮捕のための侵入なりとの主張に対し前記の如く現行犯逮捕の摘発と逮捕以外の検挙摘発とを分ちて論述しているけれども、何処にも武藤知事以下の政令違反の現行犯があつたかなかつたかについて判断をなさずこれを逸脱した違法がある。
(三) 原判決は現行犯逮捕の場合は歴然且つ確実なる現行犯の認識を必要とし、不確実なる認識の下においては、現行犯人逮捕は許されないとなしているが、かくの如きは何等法律上の根拠なく刑事訴訟法第二百十三条憲法第三十三条の解釈を誤つているものといわねばならない。ただし被告人等に於いて武藤知事以下数名のものが政令違反の疑いありとしてその検挙摘発のため、住居に侵入したりとせば仮りに武藤知事等が法律的に政令違反の罪責なしとするも客観的に右違反の事実を認識し、その認識のもとに住居に侵入したりとせば右認識が、未然的であると否とを問わず検挙以外に他に何らの目的なき本件被告人等の所為は事実の錯誤として当然許容されねばならないところであつて、しかも武藤知事以下の陳弁するところは、持ち込み料理の飲食であつて政令違反ならずと云うにあれども、右は完全に政令違反なること明らかにして(自由国民社発行、我々の生活を守る法律知識、東京地検山本検事)かかる政令違反の事実を確認したる上の本件侵入行為は明らかに合法なるものといわねばならない。
第五点原判決は被告人六名をして戀役二月の実刑に処しているが、右は刑の量定著しく不当なるものといわねばならない、けだし本件は、前記の如く明らかに無罪なるべきものであり、仮りに然らずとするも本件の如き軽微なる事案に対し被告人等は、何れも前科もなく、ただ血気にはやるところ、ひたすら醜悪みるに忍びず之を撲滅せんとして偶々その手段方法に於いて些少の行過ぎがあつとしても単に訓諭するをもつて足れりとし敢て実刑を科するの要は毛頭ない。又本件は社会公共の利益のための確信のもとに身を挺して敢へて難に赴きたるものにして、被告人等は何れも社会革正の正義心強き若き革命家にして前途を有するもの、たとへ短時間といえども破廉恥犯懲戒の刑務所に労役せしめることは、被告人等をしてますます現存国家秩序の矛盾を痛感せしむるのみにして刑事政策的にみても芳しからざるものありと信ずる。
依つて執行猶予に付するを相当と思料する。
弁護人稲垣昇控訴趣意書
被告人に対する原審の刑の量定は不当である。
本件公訴事実は被告人も之を肯認しているから今更抗争する点はないのであるが、情状の点に就いて上申する。本件事案が敗戦後世情混沌たるの時民衆が挙つて物資の欠乏に耐え充分なる食生活に慾望を満たす能はざる折柄、搗て加へて食糧管理法に依つて料飲店等の主食取締に就いて厳守せざるべからざるとき苟くも挺身大衆に対し自ら模範を垂示すべき地方長官の地位に在る現職の武藤岐阜縣知事が白昼而も岐阜市内に於ける一流の料亭万松館に於いて、十数名の客を招き十名余の芸妓を待らせ歌舞音曲を享楽し、酒肴を振舞い、而も禁制品たる白飯の饗応をなしたるに憤概せる被告人等が宴席に闖入し其不謹愼を詰責せんとしたるは年少気鋭の正義観であつて他意はないと推察するに吝かでないが、それが住居侵入罪に問疑せられたものであるが、果して住居の安寧権を侵害したる程度の故意犯として短期刑と雖も実刑を科するが妥当なりや否やは、法律上聊々疑問の余地も存するであろうと思う。
元来刑法第百三十条に住居とは身体の居住、起臥の為に使用し占居している房屋の謂であつて、一夜の宿泊若くは休息の為に使用せらるゝ客室の如きは住居ではないと解せられる(大場博士刑法各論上三八三頁、安平博士各論上一五六頁参照)然るに原判決は罪となるべき事実として被告人らは故なく万松旅館奥座敷に侵入し云々とあつて之を判例に徴するも店頭より奥座敷に侵入するが如き場合に罪と認めておるから、(昭和八年十二月十六日大審院判例)穴勝ち本件犯行を無罪とは論断はしないが、之れは通常の商店又は住宅の例であつて、本件の如き犯罪の客体が旅店、料亭であつて公衆の自由に出入する場所であるから被告人らが其の営業設備を利用する意思なく他の目的を以て屋内に入るが如き場合は自ずから又別であると思う。(大正十一年五月十八日大審院判例)事案に照せば被告人らは万松館の営業設備を利用する意思なく武藤知事らに接見の目的であつたと自供しているから、本罪の構成要件たる行為は「故なく」に該当するものであつて、本罪に問擬せらるるは当然であると思料するが、本件被告人は、(一)前科者にあらず初犯者であり且つ機会的犯人である。(二)犯行は軽微であり被害罪体に実害はない。(三)年令若冠であり而も専門学校に修学中の前途あるものである。(四)改悛の情顯著と認め得る。等々以上の条件具備するを以て刑事政策の見地に於て執行猶予の恩典を与へ被告人の人間性の自覚を促し更生をせしむべきが刑法の精神であると考へる。
此の種の被告人に対し実刑を科し前科を有するに至らしめば、出所後被告人の前途は憂愁なるものあり現代の世相は刑余者を認容するだけの雅量なく、刑罰が一般予防の目的に併せて被告人自体の改化遷善を促す理想に反し、反つて逆効果を来し再犯を犯すに至らしめる動機を与うるが如き事態を招来する虞れも保し難い。想うに斯の観念より立論すれば原審が被告人に懲役二月の実刑を科したのは、刑の量定に於て不当と思料するから、希くは原判決を破棄し刑事訴訟法第四百条但書に則り本件に就いては適宜御処刑の上相当期間の執行猶予をする旨の御判決あらむことを求むる次第である。